【Geoffrey B. Small】So, let's talk about GBS.
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インタビュアー:
今日は何についてお話ししましょうか?
T.O:
もちろん、ジェフリー・ビー・スモールについてです。彼の服はもの静かですが、その中には時間の重みと、人の手の誠実さが宿っています。これまで出会ってきた多くのデザイナーの中でも、彼の哲学は、T.O.の創業者の思想と最も深く共鳴しています。今日は、彼自身から聞いたいくつかの物語をお話ししようと思います。少し長くなるかもしれませんが、どうかお付き合いください。

始まりの物語:ボストンの小さな部屋と一本の針
インタビュアー:
彼の事を知らない人々にも伝えるためにまずは彼のデザイナーとしての原点を教えてください。
T.O:
ジェフリーは、最初から「デザイナー」だったわけではありません。その始まりは、とても個人的で、謙虚なものでした。1970年代後半、アメリカのボストンで、手仕事の服づくりが徐々に産業の中で居場所を失いつつあった時代に、彼はただ友人のために何かを作りたいという思いで、針を手にしました。
彼が縫える唯一のものはシャツでした。しかし、そのシンプルな形の中で、「布が人の身体に触れるとはどういうことか」を探求し始めたのです。機械の正確さではなく、手の感覚で調整される縫い目。着る人の癖や姿勢を受け止めるパターン。それは、服を「商業のため」ではなく、「人のため」に作るものとして再発見する旅の始まりでした。

―― パリ ――「新しいクラシック」を求めて
インタビュアー:
ボストンで成功した後、彼はパリへ移ります。その旅について教えてください。
T.O:
彼の白シャツはアメリカで大きな注目を集め、やがて歴史あるクチュール組合(シャンブル・サンディカル)から、パリ・ファッション・ウィークへの招待を受けました。アメリカ人デザイナーとして、これはほとんど前例のないことだったようですね。
しかし、それは始まりに過ぎませんでした。パリで彼が目にしたのは、「完璧な模倣」に満ちた世界でした。そこで彼は重要なことに気づきます。成功とは、より良いコピーを作ることではなく、誰も見たことのない「新しいクラシック」を生み出すことなのだと。
その気づきが、彼の作品に静かな緊張感を与えました。精密さと反骨精神、規律と自由の調和。彼の服には、真似できない重みが宿るようになったのです。
やがて彼のデザインはヨーロッパ全体で評価され、新たな舞台としてイタリアへと移ります。しかも、双子が生まれた直後に、妻のダイアナとともに移住したのです。新生児を抱えながら異文化へ飛び込むには、とんでもない勇気が必要だったでしょう。その選択の中にこそ、「創ること」と「生きること」は切り離せないという、彼の信念の本質が表れています。気合入りまくってます。

―― 解体と再生 ――「記憶の伝達」としてのリサイクル
インタビュアー:
彼には解体と再構築と呼ばれるデザインスタイルがあります。それについて教えてください。
T.O:
ジェフリーのキャリアを通して一貫しているのは、「人の手には服を変容させる力がある」という信念です。
1990年代初頭、彼はボストンでヴィンテージ衣服の再構築を始めました。着られていない昔の洋服を解体し新しいデザインの洋服作成に使用するのです。「アップサイクル」という言葉が流行するずっと前のことで、それは流行や節約のためではなく、復活の儀式でした。すでに人生を歩んだ服を解体し、新しい時代にふさわしい意味を吹き込む、いわば外科手術のような作業だというのです。
ほつれた端、古いボタンホール、着用の痕跡。彼はそれらを欠点ではなく、記憶の断片と定義をしました。一着一着が、「時間を新しい形に閉じ込める試み」だったのです。それは工業製品ではなく、触れられる時間そのものでした。この思想は、今もT.O.が彼の作品を伝える際の核となっています。

―― イタリアでの再生 ―― 研究室のような工房
インタビュアー:
なぜ彼はイタリアを拠点に選んだのでしょうか?
T.O:
彼はビジネスの契約や生産効率の世界から距離を置き、本質的に糸からやり直す道を選んだんです。糸、生地、ボタンや資材、職人が最も近い場所。それがイタリアのヴェネト州にあるカヴァルツェーレという町でした。
イタリアのアトリエは、工場というより研究室のようです。糸の撚り、染色の重なり、手のリズム。そのすべてを、忍耐と敬意をもって検証します。職人と肩を並べて納得するまで作業を続ける。その姿勢が、品質だけでなく、職人文化そのものを育んできました。
多くのラグジュアリーブランドがパリやニューヨークといった「見られる場所」に拠点を置く中で、ジェフリーは「作る場所」であるイタリアを選びました。そこには、織り手、染め手、仕立て屋、ボタン職人といった、本物の作り手の系譜が今も息づいています。
彼は彼らの近くにいることで、作品を生きたものに保っています。新しい生地ができれば連絡が入り、ひらめきがあればすぐに集まる。革新は会議ではなく、対話から生まれるのです。彼は職人の育成や雇用にも自ら責任を持っています。尊厳をもって働ける環境も、デザインの一部なのです。誠実さのない服に、着る人の魂は宿りません。

―― 素材の言語 ―― 手織りシルク、カシミア、角ボタン
インタビュアー:
素材選びも哲学的というかとんでもないこだわりを感じます。
T.O:
ジェフリーにとって、生地は言語と言っても過言ではないですね。あのタグに書かれている長い商品の説明文も素材のことが7割を占めています。誰が糸を紡ぎ、誰が織り、どんな心で作ったのか。その物語を理解して初めて、素材は彼の世界に入ることを許されます。
手織りの布には、人の人生の時間が織り込まれています。シルクの艶は、光ではなく、温もりです。
ウールやカシミアは、触感だけでなく呼吸するかどうかで選ばれます。ボタン一つにも、作り手の歴史があります。
服の内側に触れれば、その系譜を指先で感じることができます。一切の妥協はありません。

※写真提供:カルロ・コロンボ
―― 変化し続ける形 ―― 完成を拒むデザイン
インタビュアー:
最近のコレクションは「可変性」を感じます。
T.O:
彼の服は、着る人をGeoffrey B. Smallのイメージで覆うことは無いです。動きによって形が変わり、姿勢によって表情が変わる。身体そのものが来た人に馴染むデザインの一部になります。
彼はこう言います。「静止画では理解できない服だ」と。多くのお客様は、鏡の前で動いたときに初めてそれを実感します。そして5年、10年、20年と経つうちに、その服は人生とともに変化していく。柔らぎ、記憶し、なじんでいく。やがてそれは、ただの服ではなく、人生の伴侶になります。

―― 長期設計 ―― 25年後にも耐える服
インタビュアー:
彼の製品における時間軸が非常に稀有な考え方だと聞きました。それについて教えてください。
T.O:
彼の服は流行の頂点のためではなく、25年後の静かな朝のために作られています。そのとき着ても、「やはり良い」と思える服です。素敵な考えですよね。
それを支えるのは、目に見えない細部です。縫い代の処理、手縫いのボタンホール、コストではなく耐久性で選ばれた裏地。彼は価格ではなく、時間への強さで服を評価します。それはT.O.の創業理念とも重なっています。

―― 歴史との対話 ―― ナポレオン、野球、中世染色
インタビュアー:
歴史的な引用のあるデザインもコレクションで見られます。興味深いです。
T.O:
彼は歴史上の洋服を常に研究し続けています。軍服の規律と初期スポーツウェアの自由。その相反する世界を調和させます。ふり幅がとんでもないです。
彼は模倣するために歴史的なデザインを学ぶのではなく、そのデザインの構造に隠れた知性を探し当てるようなリサーチをします。中世の染色技法の探求も、色ではなく文化記憶の再生なのです。過去を敬い、解体し、現代の言葉として戻してくる。それが彼の前衛性であり、人間性だなといつも考えさせられます。スイッチ入ると話しは長いですけど。

―― 余談 ―― ショールームの「特別講義」
インタビュアー:
実際に会うと、どんな方ですか?
T.O:
とにかく濃いです。。。縫い代の数ミリやボタンの角度の話から、「人はどう生きるべきか」「ファッションはどうあるべきか」「君は何をすべきか」にまで話が及びます。まるで大学の集中講義のようです。宿題まで出ます。だんだんご自身が熱くなってきて最終的には放送禁止用語が出るときもあります(笑)。
唯一の問題は、先生は時間を忘れることです。「あと10分」と言って30分話します。でも、その時間から名作が生まれるので、誰も止められません。その部分もT.Oの創業者に似てる気がします。
―― 終章 ―― 日常における静かな革命
インタビュアー:
最後に、彼の服を通して何を感じてほしいですか?
T.O:
私たちにとって服は、静かな喜びです。主張する必要はありません。日常の背筋をそっと伸ばしてくれる存在です。丁寧に織られた布、生きた縫い目、誠実に削られたボタン。そうした小さな真実が、一日を支えます。それが、私たちの考える静かな革命です。
T.O.は日本の南、海に面する小さな町・高知にあります。東京やパリのような華やかさはありません。しかし、新鮮な食、古い酒蔵、朝市といった豊かさがあります。
このゆったりとした時間の中で、ジェフリーの服はT.O.の美意識を通してお客様に届きます。見せるためではなく、生きるために着る服です。




そして創業者が亡くなったとき、イタリアからジェフリー夫妻が寄せてくれた温かい言葉は、今も私たちを支えています。「洋服を売る技術やバイイングの能力を引き継ぐ必要はない。ただただヒューマニティを継承しろ!それが一番大事だ!」その熱い思いや気持ちはどん底にあった我々の心を暗い底からぐっと引き上げてくれたような気がしました。ジェフリーさんの言う「ヒューマニティ」とは日本語では【人間力】と我々は定義しています。それはT.Oの創業者が常日頃からミーティングの場で連呼していた言葉です。同じ業界で極めていくと皆同じような境地に達するのかなと不思議な気持ちになったのを覚えています。
洋服を通して人がつながるとは何かを、彼らから学びました。ジェフリーさん、ダイアナさんいつもサポート本当にありがとう。
